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福岡地方裁判所 昭和28年(行)8号 判決

原告 石橋弘

被告 福岡県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が別紙目録記載の各農地につき同目録記載の各日附を以てなした買収処分並に被告が昭和二十七年五月三十日右目録記載(16)の農地を訴外松延栄より訴外今泉弘枝に強制譲渡した処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、訴外瀬高町農地委員会は昭和二十二年八月頃より同二十六年十一月頃までの間において別紙目録記載の各農地を訴外山下梅太郎の所有に属するものとし、不在地主所有の小作地であることを理由に買収計画を樹立し、訴外福岡県農地委員会はこれを承認し、被告は右計画に基き同目録記載の各日附を以て買収処分をなした上、これを右各農地の従前の小作人等にそれぞれ売渡をなし、更に被告は訴外松延栄に売渡した目録記載(16)の農地につき同人より訴外今泉弘枝に昭和二十七年五月三十日附を以て強制譲渡の処分をなした。

しかしながら右農地はいずれも右買収計画樹立当時原告の所有するところであつて、訴外山下梅太郎の所有ではないから、原告の所有権を無視し、梅太郎(しかも同人は当時死亡している)を所有者とし、又原告に買収令書の交付もなさずになされた本件買収処分は重大な瑕疵があるものとして無効というべきである。即ち、右農地はいずれも原告が昭和十六年十二月頃梅太郎より贈与を受け、これが所有権を取得したものである(尤も未だ引渡は受けていない)。仮にしからずとしても梅太郎は昭和二十一年四月四日右各農地を原告に遺贈し、同二十二年九月二十四日梅太郎死亡と同時に右遺贈はその効力を発生した結果、右各農地の所有権は原告に帰属したものであり、原告が右遺贈により本件各農地の所有権を取得したものであることは原告の届出により訴外瀬高町農地委員会も知つていたのである。

而して、右買収処分が無効である以上、右各農地の売渡処分も無効というべく、従つて被告が訴外松延栄に売渡した目録記載(16)の農地につき同人より訴外今泉弘枝に強制譲渡した処分も亦無効といわなければならない。よつて被告に対し右買収処分並に強制譲渡処分の無効の確認を求める。と述べ、被告の主張に対し、被告主張の事実中、梅太郎の相続関係が被告主張のとおりであること及び本件農地の遺贈につき知事の許可を得ていないことはこれを認めるが、その余の点は否認する。と述べた、(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、訴外瀬高町農地委員会が原告主張の頃本件各農地を訴外山下梅太郎の所有に属するものとし、不在地主所有の小作地として買収計画を樹立し、訴外福岡県農地委員会がこれを承認し、被告が目録記載の各日附を以て買収処分をなした上、原告主張のとおり売渡処分をなしたこと、被告が訴外松延栄に売渡した目録記載(16)の農地につき同訴外人より訴外今泉弘枝に昭和二十七年五月三十日附を以て強制譲渡の処分をなしたこと、及び訴外梅太郎が原告主張の日に死亡したことは認めるが、右梅太郎が本件農地を原告に遺贈したとの事実は不知、その余の原告主張事実は否認する。

仮に原告主張の遺贈の事実があつたとしても原告は右遺贈につき農地調整法による知事の許可を得ていないから所有権移転の効力を生ぜず、従つて原告は本件各農地の所有者ではない。而して梅太郎の遺産相続人は同人の妻ヨシノ、その子である原告並に昇、義人、フデノ、十一、正治及び梅太郎の二男茂雄の遺子、博久の合計八名であり、原告は本件農地につき二十一分の二の相続分を有するにすぎないのであるから、本件判決を求める利益乃至適格を欠くものというべきである。

又訴外瀬高町農地委員会は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き遡及的に本件農地につき買収計画を樹立したのであるから、当時の所有者訴外梅太郎を相手方として買収計画を樹立したのは適法であり、買収令書は右梅太郎の妻ヨシノ又はその子山下義人に交付しているのであるから、本件買収処分には何等違法の点は存しない。而して右買収処分が有効である以上、目録記載(16)の農地に対する前記強制譲渡処分も亦適法というべきである。と述べた。(立証省略)

理由

まず原告が本件買収処分並に強制譲渡処分の無効の確認を求める利益乃至適格を有するか否かを案ずるに、別紙目録記載の各農地が元訴外山下梅太郎の所有であつたこと及び右梅太郎が昭和二十二年九月二十四日死亡し、その遺産相続人は原告外七名で原告が二十一分の二の相続分を有することは当事者間に争がないところであるから、仮に本件各農地につき原告主張の贈与又は遺贈の各事実が存しない場合においても、原告は梅太郎の共同相続人の一人として右各農地につき二十一分の二の持分を有し、従つて原告は右各農地に対する買収処分並に目録記載(16)の農地に対する強制譲渡処分によつてその権利を侵害されることとなり、右侵害を排除するためには単独で右各処分の無効の確認を求める利益乃至適格を有するものと解すべきであるから、原告が贈与又は遺贈により右各農地の所有権を取得したか否かを判断するまでもなく、原告は本訴請求をなす利益乃至適格を有するものといわなければならない。従つて、原告に本件判決を求める利益乃至適格がないとの被告の主張はこれを採用しない。

さて、訴外瀬高町農地委員会が昭和二十二年八月頃から同二十六年十一月頃までの間において別紙目録記載の各農地を訴外山下梅太郎の所有に属するものとし、不在地主所有の小作地であることを理由に買収計画を樹立し、訴外福岡県農地委員会はこれを承認し、被告が同目録記載の各日附を以て買収処分をなしたことは当事者間に争がなく、弁論の全趣旨並にこれによつて真正に成立したものと認められる乙第二号証の一乃至四を綜合すると、右買収処分に関し被告は買収令書を梅太郎の遺産相続人の一人である同人の妻山下ヨシノに交付したことを認めることができる。右認定に反する証人山下義人の証言は措信しない。

原告は右各農地は原告が昭和十六年十二月頃梅太郎から贈与を受けたものであり、仮にしからずとしても遺贈により同二十二年九月二十四日梅太郎の死亡と同時にこれが所有権を取得したもので、このことは訴外瀬高町農地委員会も知つていたのであるからこれを梅太郎の所有に属するものとなし、原告に買収令書の交付もなさずに買収したのは違法、無効である旨主張するにつき考えるに、本件各農地が原告主張のとおり原告が梅太郎から贈与又は遺贈により所有権を取得した農地であるとしても、原告本人訊問の結果によると、原告はこれにつき所有権移転登記を経ず、登記簿上は依然として梅太郎の所有名義となつていたことを認めることができるのであつてかような場合に登記簿上の所有者梅太郎(買収計画を樹立した当時同人が死亡していたか否かを問わない)を相手方とし、買収令書を同人の遺産相続人の一人である山下ヨシノに交付してなされた買収処分は真実の所有者に対してなされず、その前主に対してなされた点においてもとより違法な処分であつて、取消を免れないというべきであるが、右の瑕疵は買収処分を当然無効ならしむべきものではないと解するを相当とする(最高裁判所昭和二十五年(オ)第二八〇号、同二十九年一月二十二日第二小法廷判決並に昭和二十六年(オ)第一六二号同二十九年一月二十二日第二小法廷判決参照)而してこのことはたとえ訴外瀬高町農地委員会が本件買収計画を樹立した当時本件各農地につき贈与又は遺贈がなされたことを知つていたとしても別異に解すべき理由はない。

さすれば、本件各農地の買収処分の無効の確認を求める原告の請求は理由がないから、失当として棄却すべきである。

次に別紙目録記載(16)の農地につき被告がなした強制譲渡処分の無効確認を求める請求につき考察するに、被告が右農地につき買収処分をなしたことは前示認定のとおりであり、被告がこれを訴外松延栄に売渡処分をなし、更に昭和二十七年五月三十日附同訴外人より訴外今泉弘枝に強制譲渡する旨の処分をなしたことは当事者間に争がないところであるが、右請求は右農地の買収処分が無効であることを前提とするところ、右買収処分が無効でないことは前示認定のとおりであるから、原告の右無効確認を求める請求も亦理由がなく、失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 武居二郎)

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